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| 函館山への道道675号線は、自転車不可なので無視。豊川町にある豊川稲荷神社の社務所は、ハイカラでした。 |
| 明治20年に開削された直線の亀田川に沿って五稜郭へ。日本に五稜郭城は2つ。もう一か所は、2012年に行った 長野県の龍岡城五稜郭 |
| 2010年に復元された箱館奉行所。 |
| 大沼国道を北上し大沼、小沼。レンタカーで周る旅慣れたアジア人、台湾人と思ったらマレーシア人でした。 |
| 駒ケ岳。晴れですか、春霞のよう。 |
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内浦湾に出て、茅部で16時。この先、街が少ないので早めの宿探しモードに。温泉旅館の案内はありますが、山中へ5km以上入る場所ばかり。 八雲はそこそこの街なので、本気で宿を当たっていきますが、八雲有楽亭、山形屋旅館、フレスコ八雲、桜庭旅館、マルナカ旅館、みすぎ旅館、八雲館と全て満室。宿屋のおばちゃん達の話では、「大きな工事が入ってる訳ではないが、このところ満室が続く。八雲に空きはないのでは」「(40km先の)長万部も混んでる」とのこと。 |
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結局「逆方向だが、浜松さんは空いてるかも」と言ってたマルナカ旅館のおばちゃんに電話してもらい、5km 戻った民宿を確保。 二食付き6500円だったので、結果オーライですが焦りました。ただ、非水洗は、台湾の山奥でもベトナムの中国国境地帯でも遭遇していません。 |
| 96.70km、6h03m。 |
| 青森西部 1/25000,昭和17年発行。駅構内は戦時改描されている。 |
| 青森市街に入ると港の方に目立つ三角形のビル「青森県観光物産館アスパム」。青森のAを象っているのでしょう。アプローチは青森ベイブリッジ。結局、この橋を2回(陸側、海側)走ることになりました。 |
| 広い青森駅。青函連絡船時代のままなのでしょう。 |
| 次いで、海側。八甲田丸、鮮やかなイエローの船体。 |
| 最後は、高架橋を下り地表からアプローチ。青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸、3セクです。 |
| 今の青函フェリーは駅直結でなく、3kmほど離れたフェリーターミナルが発着場です。ネットで予約したのは、どっちだろうか。青函連絡船で検索したような記憶が・・。船体の小さい "あさかぜ21(青函フェリー、2048トン)" でした。ちなみに、ブルーマーメイド(津軽海峡フェリー、8820トン)、八甲田丸(青函連絡船、8315トン)。 |
| 6-9月は、ハイシーズンですが、Webクーポンで 1400円+自転車 1000円。自走で乗船します。青森 14:35 - 函館 18:25。 |
| 宿の向かいが、摩周丸(函館市青函連絡船記念館)でした。 |
| 61.61km、4h10m。 自転車での初北海道、初日は 3.8km。 |
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| 国道7号線の旧道(青森県道285号線)を青森へ。市街から仰ぐ岩木山。お岩木様と呼ばれるのもわかります。 |
| 津軽の神社は、狛馬がデフォ? |
| 道路脇に「馬力大会」の案内板が。立ち寄ってみることにします。 |
| 至って身近に "ばん馬大会" が行われています。 |
| 道路脇の広場にばん場コースがあり、観客は200人ほど。近所の人達って感じですが、目は肥えている。2歳馬なので、まだまだ非力とのことです。 |
| 青森が近付いてくると、三内丸山遺跡の案内標識が。市街の近くにあるとは知りませんでした。 |
| 話題になった遺跡ですが、アミューズメント色が弱く、好感が持てる施設でした。吉野ケ里遺跡とは大違い。その上、入場無料です。 |
| お隣にある青森県立美術館。入りませんでしたが、後で展示作品を知って若干後悔。 |
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| 大館は2回目。前回行ってない樹海ドーム、設計は伊東豊雄。ドームの前には小坂鉄道(小坂鉱山小坂線)の線路が残っています。1994年までは旅客輸送、その後も2008年まで貨物輸送を行っていました。 |
| 「大館」1/50000 昭和14年修正測図。762mm軌間時代。1067mm への改軌は昭和37年。 |
| 小坂まで県道3号線を走りましたが、小坂鉄道は全線のわたり付かず離れず。 |
| 小坂の街に下って行き、先ず郷土館。 |
| ここの展示は、非常に面白い。 |
| 露天掘りだった銅鉱山。窪地の比高は -70,0 |
| 私有地内ですが、いつの日か公開されるかも。 |
| 小坂鉄道レールパーク。ここ、ブルートレインに泊まれます。 |
| 明治百年通りを進むと、康楽館(こうらくかん)。小坂鉱山の厚生施設として1910年(明治43年)建てられました。国の重文。 |
| 小坂鉱山事務所。明治38年(1905)に建造。移設されていますが、こちらも国の重文。 |
| 裏から見ても、スキがありません。 |
| 小坂からは国道282号線を北上。鉱山地帯なので、近代化遺産も多数あります。県境の坂梨峠を越え、碇ヶ関からは国道7号線。 |
| 弘前は岩木山登山で来ているので、どこも寄らずに駅前にチェックイン。 |
| 73.75km、5h01m。 |
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昭和戦後期の大国家事業。琵琶湖に次ぐ広さだった八郎潟の干拓は、1957年に着工、1967年から入植を開始し、竣工は1977年。進捗は、折々トップニュースで伝えられました。 泊まったサンルーラル大潟と村役場横の展望台に上りましたが、見えるのは下記ピンク丸の範囲で、あまり意味を成しませんでした。 |
| 村役場横の展望台から。中央がホテルサンルーラル大潟。共に、干拓地のごく一部である総合中心地内ですが、遠い。 |
| 大潟神社。1978年、伊勢神宮瀧原並宮(たきのはらならびのみや)の古材を譲り受け建立。 |
| 大潟村干拓博物館。客が一人だったので、リクエストして建設工事のフィルムを上映してもらいました。 |
| 中央幹線排水路。 |
| 干拓地ほぼ中央、中央幹線排水路をまたぐ橋から東南方向。 |
| 標高0mの大潟富士、比高は3.776m。八郎潟は、埋め立てたのではなく、干拓したので全面的に水面下です。 |
| 東部承水路(八郎潟調整池)に沿って北上してみます。「男鹿半島・大潟ジオパーク」の説明板が各所に設置されています。19ヶ所のサイフォン式取水設備で調整池から取水し、用水路に流す。灌漑後、いちばん低い中央幹線排水路へ排水し、2ヶ所の排水機場からポンプで排出する仕組みです。 |
| 地平線上の林は1段幹線排水路と思われるので 7km ほど先か。 |
| 昔からの陸地へ戻り、国道7号線で大館へ。ひたすら移動のはずでしたが、道の駅「ふたつい」の案内板を見て寄り道。東洋一の規模を誇った天神貯木場跡があるとのこと。道を尋ねた古老に、当時の話を教えてもらいました。林鉄や筏流し用の水路もあったとのことですが、自然に戻っていました。 |
| 116.90km、5h47m。 |






















































