標高グラフ付きの大きな地図を見る |
多摩武蔵野スリバチ学会の「高尾を歩く ~関東山地の入り口の町に~ 」に参加しました。京王線狭間駅 12:30 集合。参加者は50名強。ほとんどの人が、はじめての狭間駅と考えて間違いなさそうです。 |
先ずは、町田街道沿いの高楽寺。混雑でライトアップをやめた大きな枝垂れ桜。横穴石仏群は時代は新しく天明5(1785)年に、時の住職がつくったもの。コの字に開削された横穴は、全長30mの胎内巡りとのこと。 |
町田街道(たぶん)旧道を経て、谷戸の狭間町。正面奥の傾斜地はラックカー(ケーブルカー)のある高尾やすらぎ霊園。 |
狭間町の谷戸(暗渠)を詰め、紅陽台団地の稜線へ階段で一気に上ります。 |
形のいい階段。いきなりメインディッシュと思いましたが、これはスターターでした。 |
紅陽台Ⅱ区の広い周回道路から、初沢川沿いの昔からある集落へ急下降。 |
下った先の高乗寺で小休止。一部の人は山王社へ。高乗寺の守り神だった山王社を遍座し、住吉社、愛宕社、弁財天社、天神社を合祀したもの。 |
次いで、浅川地下壕「ロ地区」跡(イロハの3箇所あります)。中島飛行機武蔵製作所の疎開工場として戦争末期につくられた地下工場の入り口。新しいケーブルは東京大学地震研究所の地震計か。 |
三和団地奥の急傾斜を上ると浅川金刀比羅神社。 |
魅惑のアプローチ。たまりません。 |
初沢川が平野に出る扇頂で対岸に渡り、しめ縄が棒状の高尾天神社。ここも素晴らしい急登。唐突にある "菅原道真公の銅像" は、紆余曲折を経て、大正天皇陵御治定記念事業として昭和12年(1937年)に造られました。 |
狭間駅から頭頂部が見えた、高尾みころも霊堂。公益財団法人産業殉職者霊堂奉賛会が産業殉職(労災)者を合祀するもので、先月(2019/4/23)、平成天皇が武蔵野陵での退位報告の折に訪れ供花されています。 |
高尾駅で小休止の後、南浅川の支流の中央線旧鉄橋。南浅川川岸に建つ特徴のある建屋は元旅館。 |
もうお腹一杯ですが、まだまだ続きます。旧甲州街道が通る裏高尾町の高尾駒木野庭園。昭和2年に開院した小林医院(後の駒木野病院)の院長自宅として昭和初めに建てられたもので、お庭は池泉廻遊式。"裏高尾町" は正式の地名。 |
小仏関阯。甲州街道(甲州道中)重要な関所として、江戸期を通じ道中奉行に差配されました。 |
最後は、金南寺(こんなんじ)から白山神社。最後の最後は、見送りを得て "隠し砦の三悪人" で白山宮と廿里砦跡。毎度のことながら、充実の多摩武蔵野スリバチ学会でした。 |
「八王子」1/50000(昭和22年発行) |
「八王子」1/50000(昭和56年発行) |
歩き 13.8km |
0 コメント