都市計画家のK先生と神宮外苑散策。 <再開発の概要> 野球場(現:ラグビー場の位置)の内野スタンドにはホテルが乗っては高さ60m。ラグビー場(現:第2球場の位置)の高さは約50m。伊藤忠ビルは現在の90mから190mに建て替え。 <私の結論> 神宮球場を壊すのはもったいない。ラグビーって、雨でもやるよね。木を切るのは、どうでもいい。欧米と違って亜熱帯雨林だし、そもそも人工の森だし。 |
おそらく、新球場の外野スタンドが視界に入る。 |
誰も切るなんて言ってないけど。「守ります」がアピールポイントになるのは、◯◯の高等作戦? |
1926年(大正15年)供用開始。小林政一設計、佐野利器の推薦で明治神宮造営局技師、日本建築学会会長。 |
球場本体に増設できないみたい。その結果、竣工時の状態が保持されている。 |
附(つけたり)?のチケット売り場。 日本のエスタブリッシュメントを輩出しているのに、OB・OGが壊すのか。この日は東大vs立教。 |
午前中は渋谷。高層ビルがどんどん建った渋谷周辺。御本尊は、今この状態。 |
R246をくぐる、さくらステージへの地下道。人の流れは、まだ少ない。今後もずっと少ないかも。 |
さくらステージ1Fへ。 |
駐輪場発見。一連の都心再開発では駐輪場が充実。停めたことがあるのは、東京ミッドタウン、東京ミッドタウン日比谷、虎ノ門ヒルズ、麻布台ヒルズ。どこも、申し訳ないほど高級感があり停めて安心。それでいて、3時間100円とかです。 |
目的地は国学院大学博物館。「海底に眠るモンゴル襲来」 |
水中考古学の世界。 |
11/30からのPert2「蒙古襲来絵詞」が面白そう。 |
歩き 12km |
今回の富士行(10/14-16)は、三橋さゆりさんの著作「日本の川と流域外分水」(実業之日本社)を参考に河口湖から桂川の治水、水力発電施設を巡るのが主題でした。 |
河口湖放水路エリア。溶岩でせき止められた河口湖は流れ出る川がなく、洪水対策の水路が何本も掘られています。 |
新倉(あらくら)掘抜入口。江戸時代末に手掘りで掘られた水路。史跡館は休館中。 |
東電うそぶき放水路(1918)入口。嘯(うそぶき)は地名(通称名) |
嘯(うそぶき)治水トンネル(=嘯新放水路)入口。(1993) |
河口湖治水組合記念碑。江戸期から続いた治水組合。明治以降も行政区域を横断して水の管理を行こなってきた。2003年の富士河口湖町(河口湖町、勝山村、足和田村が合併)発足に際し解散。 |
新倉掘抜出口。 |
新倉掘抜からの水路跡。 |
新倉掘抜出口の横には辨天神社。 |
東電うそぶき放水路出口。右からの水路は嘯治水トンネルからの水路。 |
東電うそぶき放水路出口。入口(河口湖)の標高は832m、出口は826m、嘯治水トンネルからの水路との合流点は799m |
嘯治水トンネルからの水路。こちらは、洪水時の治水用。 |
鹿留(ししどめ)エリア |
鹿留発電所への導水管。 |
元は3本あった? |
谷村発電所取入水路。 |
桂川支流の鹿留川。河原に下りられました。 |
おなん淵の滝 |
谷村(やむら)エリア |
東電谷村発電所。 |
導水管に沿って都留アルプス・ハイキングコースあり。 |
駒橋、猿橋エリア |
大月まで下り、旧甲州街道から駒橋発電所へ。こにあたり水路が複雑で経路がわかりません。 |
特急の上にも水路。 |
ここも古い導管跡が残っています。 |
八ツ沢発電所施設 取水口制水門 |
ライン川やローヌ川で何度も見かけましたが、日本でも100年以上前からあったとは「 |
足元の水路は、延々四方津の大野ダムへ続いているようです。 |
猿橋から見れる八ツ沢発電所第1号水路橋。 |