2009/2/12-21 で、台湾を一周してきました。
2/12,13 自転車購入
2/14-21 鉄道と自転車で一周
(走行距離 503.4Km、最高到達地点 2610m )
ピンク:自転車
橙:鉄道
青:自動車
詳細は、こちら - ->
details
详细地
房総から見ると川崎市はアクアラインの対岸といったイメージだが、川崎市は細長い市域で、宮前区鷺沼は結構奥まったところにある。都心へ向う東急田園都市線沿線で、渋谷にぶら下がった地域である。
1917(大正6)年と2002(平成14)年の 地形図を比較してみよう。-->
多摩丘陵の東端にあたるこのあたりには、ほとんど人が住んでいない。唯一、大山街道が丘陵地帯を抜けているが、現在のR246である大山街道も昔の道筋の多くが失われており、別の地域を比較しているようだ。
鷺沼の地名は有馬村の小字(こあざ)に拠る。旧版地図にも沼は見当たらないが、鷺沼4丁目の窪地(日本精工グランド)が湿地帯で小さな沼があったらしい。
鷺沼駅の隣は、すぐ横浜市になり、駅は「たまプラーザ」 違和感のあった"プラーザ"(プラザじゃないよ)も20年聞いていると馴染んできてしまった。

君津からの本隊に渋沢駅でピックアップしてもらい、丹沢の鍋割山へ登った。久方ぶりの純粋登山である。
三角点のある鍋割山は1272.5m、高低差は約850m。天気予報は、「晴れて寒い」だったが、登り始めは晴れて暑く、山頂は曇りから雪で急速に寒くなる。
登り口に、鍋割山荘へのボランティア荷上げ品(水、薪、灯油)が並んでいる。
君津本隊W辺さんは、4リットルの水をボッカする。馬体はわたしが一番軽そうだが、山屋で無いと言うことで、ここはパスする。
登山道に雪は全く残っていない。残雪と泥んこ氷結に備え、未使用の簡易アイゼンの着脱練習をしてきたが、今回も使用見送りとなった。
南西39Kmにある、愛鷹山塊越前岳。ここからだと、いい型に見える。
鍋割山荘では屋外で鍋焼きうどんを食べる。下界だと、どこにでもありそうな鍋焼きうどんだが、本当にうまい。腹が減ってるのを差し引いても十分のお味である。
食事中に気温が急低下(-2度から -8度へ)し、雪がちらつき始めた。
蔵王は2回目。前回(2000年9月)はガスでお釜が見えなかったので、クロカンで再挑戦した。
蔵王坊平ライザスキー場のリフトを乗り継ぎ、樹氷帯を抜ける直登ルートでお釜を目指す。40m間隔の標柱が2本見えなかったら、即座に引き返せとのことだが、スタート時点でいきなり2本しか見えない。雪は締まっており登りは難しくないが、視界が悪い。
標柱だけを頼りに、樹氷帯を進む。平坦であるため、返って道に迷いやすそうだ。 ガスの中の樹氷は、ねずみ男です。いっぱい居ます。 前方は、御田神避難小屋。ここは一先ず、避難しよう。 積雪は1m位で、避難小屋へは窓から簡単に入れた。馬の背(稜線)まで出ても眺望は期待できないので、小屋の中で早めの昼食を取り、そのまま逃げ帰ることにした。 |
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| オオシラビソの樹氷はモンスターだが、針葉樹林帯の霧氷は美しい。 |
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| iPhoneのGPSは、ほぼ正確に位置把握できていた。ただし、60秒毎のロギングでバッテリーは4時間程しか持たなかった。(注:圏外だと地図情報が取得できない。上の図は、後日PCで地形図にGPSログをオーバーレイしたもの) |

泊まったのは、ゲレンデ内にあるtooCotton さん。
食事に大満足。味、量、種類ともパーフェクトです。
ホーチミンも4日目、いよいよ念願のポタリングである。バイク天国のホーチミン市内を、無事走ることができるのだろうか。
まずは、レンタサイクルを探そう。レンタバイク店は多数あるが、なかなか自転車は置いていない。ようやく確保したのが、これ。流行のシングルスピードだが、2シーターである。メーカーはベトナムの MARTIN 107 日本語の注意書きが貼られていたので、いわゆる逆輸入車かもしれない。 (追記)バックシートがメーカー純正であることが判ったので、日本からの逆輸入車である可能性は低い。 勇気を鼓舞して走り出す。重要なことは、右側通行であること。また、常にバイク集団に取り囲まれる状態であると言うことだ。 流れに乗っていると、「マフィアがいるから行ってはいけない」といわれたDISTRICT4へ入ってしまった。早く左折(日本だと右折)できるようにならなければいけない。 | |
最初の目的地は Hotel Majestic前のフェリー乗り場である。このフェリーは、1000VND(6円)でサイゴン川を渡河する庶民の足である。 かなり流れが速い。スイッチバックのようなコースを取るので、進行方向はそのままで上陸できる。 ベトナムでは、2007年からバイクのヘルメットが必要になった。厳しく取り締まっているので、みなさんかぶっている。当初は、イミテーションも多数出まわったとのことだ。 | |
川を渡ると、風景は一変する。道はダートになるが、のんびりした田舎道となる。DISTRICT2最南端の漁村では、あまり外国人は来ないのでろうか、みんなニコニコしてこちらを見ている。 このDISTRICT2への地下トンネルの工事が着工したとのことだ。上海の浦東みたいに、大発展するかも知れない。
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海岸線を離れ、内陸部へ入ると、もうそこはジャングルです。すれ違う子供達が、不安気に「ハロー」と声をかけてくる。学校で習った英語を初めて実践するのだろう。 道端の飲み物屋で水分補給。市内より少し安くてペットボトルが7000VND。 「私の子供なの」と行って紹介するので、シャッターを押すと、その瞬間、子供がくしゃみ。で、お母さんが思わず顔を隠す。それよりも、ふりちんでした。 | |
午後は市内に戻り、サイゴン駅を探す。散々迷い、あきらめて中心部へ戻ろうとしたところで、ディエンビエンフー通りと8月革命通りの交差点で現在位置がわかり、引き返してようやくたどり着いた。それにしても、第一次インドシナ戦争の伝説の地ディエンビエンフーと1945年の親日政権崩壊を記念する通りで、なぜ私はママチャリにまたがっているのだろうか。 駅でもらった時刻表だと列車は1日4本、単線の小さなターミナル。夜出て、2日後の朝、ハノイに着くようだ。寝台列車(ブルートレインと言う)は、ちょっと気持ちが動く。 | |
さて、無事帰ってこれたが、ホーチミン市内の道路は、通常、左画像のような状態である。ポタリングの結果、いくつか有意義な知見を得ることができた。 | |
| (1)バイク集団は、自転車やシクロ(3輪人力車)や屋台と行ったスピードが遅い移動物を、次々と吸収しながら走っているが、実際に中に入って見ると、みなさん余裕がある。 (2)自転車の視点でも、包まれているような安心感があり、ロータリーに入る時など、スピードをコントロールし単騎突入を避けた方が安全である。 (3)道路を渡る歩行者は、歩く速度を急に変えない限り危険はない。勇気を持って踏み出そう。ただし、自動車は、避けられない(停止するしかない)ので、注意が必要がある。自動車ドライバーは昭和40年頃までの日本のように「オレは道の王様」感を持っているので、現在の日本のように止まってはくれない。 | |
レンタル料金は1日2ドル。デポジットにパスポートを求められたので、「エビデンス・ピクチャーだ」といって撮影。返却時に、「返した証拠も撮影してよ!」と言われた。 (パスポートのデポジットは一般的なようだ) 外国人客の多いファングーラオ通り周辺には、知恵と才覚で伸し上がろうとしている連中が大勢いる。中には悪いやつもいるだろうが、日本とは目の輝きがちがう。 | |
サイゴン駅周辺で、自転車ショップ街を発見した。ジャイアントのクロスが600USDとのことなので、日本と同等の価格である。ベトナム南部のメコンデルタを走るのだと、変速機は必要ない。シングルスピードで十分だ。 HONDAのステッカーがあれば、尚良し。「最新のHONDAはガソリン不要になった」とか言えば、バイクおやじと友達になれる。 |
(初級編)市場 18秒
(中級編)普通の道 17秒
(上級編)7差路ロータリー 77秒













