昨年行った「地図の旅愛好会」20周年記念の準備会メンバーの打ち上げを、F夫妻の別荘で行いました。現在、F夫妻は定住してますので、正しくは本宅と言うことになります。 三々五々集まる段取りなので、湘南新宿ラインで深谷まで輪行、寄り道しながら榛名山麓へ向かうことにします。 |
1996年に改築された深谷駅。橋上駅がレンガ造りと言うのも、違和感がある。 と思ったら、コンクリート壁面にレンガ風のタイルを貼ったはりぼてとのことです。近くで見るとチープ感満載です。 |
離れたところから見ると、そこそこ重厚であります。 |
駅の西にある滝澤酒造。こちらは、本物の深谷煉瓦製造株式会社製レンガです。 |
本庄に入り、本庄市立歴史民俗資料館(旧本庄警察署)、ローヤル洋菓子店(旧本庄商業銀行)、金鑚(かなさな)神社。 |
本庄は旧中山道に沿って商家が並んでいます。中には近代遺産と言ってよさそうな現役商店も。 |
高崎市街は烏川沿いに迂回し、碓氷川サイクリングロードを安中へ。駅の裏には、昭和の公害訴訟で有名な亜鉛工場がポタラ宮のようにそびえています。一方、高台には旧碓氷郡役所が保存されています。 |
安中からは九十九川をつめて秋間へ。坂道に、つげ義春が好みそうな渋い家屋が並んでいます。 |
北陸新幹線安中榛名駅。1日の平均乗車人員は200人台です。駅前には群馬県知事の「協力記念碑」と言う面妖な碑が建っています。 |
石尊山(せきそんさん)の稜線を越え、今日3回目の烏川を渡り、登り直して榛名高原邑到着。 72.31km + 10.27km (鷺沼~武蔵小杉) |
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ようやく朝夕は秋の気配。KHS仲間のJohnson君と国分寺の東山道武蔵路跡を訪ねてきました。 多摩水道橋で待ち合わせ、多摩サイを是政まで走り府中街道を北上、西国分寺へ。 東山道武蔵路跡は、中央集権国家であった律令期の官道遺構で、幅12m程の直線道路で東山道と武蔵国府を結んでいました。 日吉のJohnson君は、専門に近いとあって、熱心に解説を読んでいます。 ![]() |
(下の地図は国分寺市サイトより) |
次いで、国分寺跡から国分尼寺跡近くの(伝)鎌倉街道上つ道跡へ。 |
今昔マップをGoogle Earth に貼り付け、今日のルートを重ねて見ると、 |
明治39年測図、42年製版の1/20000 でも、律令官道「東山道武蔵路」の跡は武蔵野の樹木の中です。中央集権の弱体化とともに、自然に戻ったのでしょう。この辺りは、その後国鉄の中央学園になりました。 鎌倉街道の切通しは、国分寺崖線を真っ直ぐ下る道が読み取れますが、下河原貨物線(武蔵野線)が描き加えられた大正10年測図以降は道の記載はなくなります。 |
ここは、明確な側溝の遺構が発掘されていますが、条里余剰帯が延々と続く讃岐平野と比べると、古代風景の脳内変換には強い飛躍力が必要となります。 49.53km |
今日は、田子の浦(0m)~富士山(3776m)を歩くW辺さんと五合目遭遇の予定でしたが、ゲリラ豪雨が怖くてDNS。W辺親子は、小雨の中登坂中ですが、私は滞留中です。 |
1986年購入の Katakura Silk号についてるパーツ撮影。もう、20年放置しています。 Shimano 600 は、現在の ULTEGRA に相当するパーツです。 シフトレバーはダウンチューブに付いており、SIS(インデクス・システム)のON/OFFが切り替えられます。 ペダルはトークリップで締め上げるタイプです。ビンディングペダルも出ていましたが、一般的ではありませんでした。 ブレーキは今も変わってない。 フロント部。 50t-39t/165mm、当時は完成車でもオプションで選んでた気がします。 リアディレーラー、6速です。 乗らなくなったのは、リムセメントで貼り付けたチューブラータイヤが剥がせなくなったという情けない理由です。その後は、しばらくマウンテンバイク一辺倒でした。 |
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車山高原最終日。9月に閉館するペンション"あれあれ" ともお別れです。初めて来たときは冬のクロカン、以降何度もお世話になりました。 朝は、車山の肩まで高原サイクリング。ここは、日本有数の高原風景だと思います。 |
今日は予定を変更し、昨日走れなかった八ヶ岳周回の残った部分を埋めることにします。 昭和テイストの強い白樺湖まで下り、蓼科山の中腹をすずらん峠まで上って行きます。白樺の中を横切るのはビーナスライン。 |
秀麗な蓼科山も近づきすぎると少々平凡か。 |
別荘地を抜けR299へ。ここからは上らずに茅野への下り、昨年、麦草峠は走っているので、3回合わせて一周です(汗) 今年の暑さは高原でも容赦なく、湖東の台地まで下りると30度近い気温です。 今回の信州ツアー、食べた割りには、足はまわりませんでした。 |
茅野から輪行。小淵沢から、青春18きっぷで乗れるホリデー快速がありましたが、混みそうなので塩山乗り換えの普通列車で帰ってきました。 51.58km |
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奇妙なルート図は、麦草峠越えの八ヶ岳周回を断念し引き返したことを物語っています。 6時に標高1550mの車山を出発。967mの茅野市北山まで一気に下り八ヶ岳エコーラインへ。広域農道なので、潤沢な予算が投入された高規格道路です。 |
原村に入り、御柱道を走ると「綱置場」と呼ばれる御柱の山出し出発地点。ゆるい坂に見えますが、平均6%です。こう言うのが、効いてきます。 このあたり、信玄の棒道と平行しています。棒道跡はハイキング道になっていますが、道の遺構はありません。地積の境界として道筋が比定できるようです。 |
次いで八ヶ岳鉢巻道路(長野県道484号線)へ。この道、山梨県に入ると八ヶ岳高原ライン(山梨県道11号線)と呼ばれています。県をまたがる県道は、同じ番号にするものと思っていましたが、ここでは何故か違っています。 八ヶ岳の山襞にそっている道ですが、標高1150m~1450mを上り下りする道で、かなり足にきます。 |
小海線の2km程山よりを走っている道は、清里付近で鉄道に接しそこからはR141。再度長野県に入り野辺山のJR最高地点に着いたのは10:55。予定より大きく遅れています。 ブランチを食べ終わったのは 11:30。八ヶ岳周回の距離は128km。既に60km走っていますが、このまま周回を続けるには、麦草峠(2127m)を越える必要があります。 車山の宿に帰り着くには日没必至となるので、ここで無念のギブアップ。 |
悲しいことに、連泊する宿は 60km先、700m上。引き返すにも厳しい後半です。 白樺湖からの蓼科山。朝は霞んでいましたが午後は晴れています。 |
ルートラボでの予実比較 (予定した周回ルート)128.5km 累積標高 2816m (引き返したルート) 124.3km 累積標高 2396m 125.87km |
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暑すぎるので、信州へ。諏訪湖を囲む二社四宮を初めてまわりました。 |
始発で出て茅野まで輪行。まず茅野市にある諏訪大社上社前宮。 人も少なくひっそりした神社です。鳥居の後ろは祭政が行われた十間廊。 |
前宮三之御柱。 |
次いで、近くにある神長官守矢資料館。ここは3回目。諏訪大社は出雲から来た外来神ですが、戦いに敗れた地元の神様が諏訪大社の神長官を務めていました。資料館の設計は、ご近所出身の藤森照信です。 |
諏訪市に入り諏訪大社上社本宮。一番有名なのはここです。 |
諏訪湖畔を走り、市役所横の諏訪高島城。明治8年廃棄、昭和45年再建。 高島藩と言うと、領内に入った水戸天狗党に蹴散らされた印象が強いですが、江戸期を通じて百姓一揆がなかったとのことです。善政を行っていたのでしょう。 |
諏訪湖北岸にまわり、下諏訪町にある諏訪大社下社春宮。 |
最後は、諏訪大社下社秋宮。 |
下社秋宮は本殿の屋根が見えました。 |
諏訪地方は、小さな神社にも御柱が立っています。 |
湖畔の平坦サイクリングを終え、秋宮の裏手から1000mの登坂。霧ヶ峰まで補給点がなく、苦しい上りになりました。前日の諏訪湖祭湖上花火大会は記録的豪雨で中止になったようですが、この日も遠雷の鳴る中、日暮れ間近に車山の定宿に到着。 50.25km |
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最高気温は35度なので、少しすごしやすい。 って、どんな体になったのだろう。 いつもの駒沢通りから青山通り。紀尾井町、麹町を経て、ちょっと騒々しい靖国通りから千鳥ヶ淵。 |
今日の主たる目的地は、国立公文書館。昭和20年(1945)12月に第一復員省が編纂した 「全国主要都市戦災概況図」を展示しています。順次差し替えつつ、9/20まで。 |
主たる目的物は「終戦の詔書」原本。 撮影可でした。公開は、8/30まで。 |
竹橋から皇居外苑、二重橋へ。桜田門は自転車走行可。 |
54.98km |
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とんでもなく暑い日、古い友人を訪ねて柏市の柏の葉へ。 元の地名は十余二(とよふた)。地名の由来は、江戸幕府の軍馬放牧場であった小金牧(こがねまき)へ明治初期に入植した際、12番目に移住したためらしい。 戦前は陸軍の柏飛行場、その後米軍の柏通信所を経て1979年に返還され、現在は東大柏キャンパスなどになっています。 |
5:45に出発。7:20には迎賓館前を通過。既に気温は30度を超えています。 |
荒川を千住大橋で越え、首都高の下を走り一旦埼玉県へ。中川を渡り千葉県に入り、複雑な三郷ジャンクションの中を埼玉県道116号線で抜けます。高速に紛れ込んだかと思う危険な道です。 |
官舎から東大柏キャンパス方面。日本基準ではそこそこですが、カルテクが長いご一家には残念な環境かも。 |
帰路は江戸川の土手を。多少風は涼しくなりましたが、拡声器から光化学スモッグ注意報が発令されたとの声が流れてきます。 |
押上から輪行する予定でしたが、汗まみれで鉄道に乗るのも気が引け、東京ナイトラン。快適とは行きませんが、日中よりはましです。 |
126.09km |