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境界協会の「千葉県市川vs浦安+都県境の妙見島」 に参加しました。参加者は45名あまり。東西線 南行徳駅からFW開始。先ずは、市川市と浦安市の市境。 |
行徳村と浦安村だったころ。澪に続く小川が境界でした。住居表示が違うのは当たり前ですが、通りの名称も違います。道路は千葉県道5号線ですが、市川側は「新浜通り」浦安側は「大三角線」、不仲なのでしょうか。 |
浦安側の広い通りも、市境で途切れています。 |
1/25000「浦安」1999年発行では繋がっている道。浦安側が拡幅した際に、市川側が接続を拒否したのでしょうか? |
両市の仲を象徴するような荒んだ境界。 |
川跡(おそらく暗渠)のようです。川沿いが畑です。 |
不仲確実な市川市と浦安市。マンホールも入れ乱れてのバトルロイヤル。 |
いよいよ妙見島。東西線から見た船首(下流側)、旧江戸川の中洲です。 |
千葉県側から見た船尾(上流側) |
ゆっくり進んでいると言われる妙見島。明治の迅速測図より50mくらい下流へ。・・実際は、測量精度や測地系の違いかも。 |
浦安橋で東京都に入り、途中で橋を降りて妙見島入り。東京23区唯一の自然島と言われています。工場だらけですが、千葉氏の守護神である妙見菩薩を祀る妙見神社があります。明治中期までは千葉県でした。 |
再度浦安橋を渡り千葉県へ戻ります。 |
境川西水門から浦安町役場跡を経て清瀧(せいりゅう)神社へ。 |
境川西水門と境川。水門脇に明治始めのお抱え外国人、リンド(オランダ)の記念碑があります。 |
本殿の意匠が際立つ清瀧神社。富士塚は大沢崩れあり。境内にリンドが設けた近代水準測量の出発点「堀江水準標石」があります。 |
最後は、浦安駅まで歩き解散。7.5km。 |
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