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KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。予想に反して、けっこう走れます。

mayfly 2

mayfly 2

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は20年間ノートラブル。
 
 
 
 

リヨン~ドバイ~羽田

2015年7月23日木曜日

 リヨン空港で自転車を預ける際、fragile と主張しましたが、係員は輪行袋をたたいて、大丈夫だと言い、FRAGILE タグは付けてもらえませんでした。これで、いいのだろうか(^_^)
 離陸時には雨、これでフランスの猛暑も収まるでしょう。昨年の帰国便と同じ便、今回は右窓側の席をとりました。
 K2 / 乔戈里峰(8611m)、間違いないと思うんだが。
 新疆ウイグル、チベットの境界あたり。空気の透明度が高い。
 羽田到着は、定刻に22分遅れの 23:07。自転車は無事。自走で帰るのがしきたりなので、深夜の東京サイクリング。
 22.90km AV15.2km/h,1:30:14 TOTAL 613.56km、 590.66km(除く国内)

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< Morestel - Aeroport Lyon Saint Exupery >
 朝食も素晴らしいものでした。12種類あった自家製のジャムはシスター達が作ったものでしょう。胡桃もいただきました。
 長く滞在したいです。
 教会の奥、村の一番高いところに小さなお城があります。銃口でなく、弓口と言うのでしょうか(右下)
 通りの Maison RAVIER では、「劇作家、詩人のポール・クローデルが1921年から27年まで駐日フランス大使時代に収集した、月岡耕魚の浮世絵作品「能楽百番」展が、2015年6月28日から10月25日まで開催されます。(在リヨン領事事務所)」 時間が合わず見られませんでしたが、そもそも教養的に無理めだったかも。
 宿の向かいに住んでいるオヤジは、珍しそうに見ていた私の折りたたみ自転車のパーツが Shimano 105 と判ったとたん、着いて来い目配せ。自慢できる相手と、認めてくれたようです(笑)
 最後に、下からの教会と宿。
 村を出て一路空港へ。パリの知人に書いてもらった仏語「自転車をプロテクトできる段ボールを頂けませんか」をスマホで見せると、直ぐに用意してくれました。
 42.73km AV14.6km/h,2:55:08

シャンベリー ~ モレステル

2015年7月21日火曜日

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< Chambery - Morestel >
 リヨンへ続く丘陵地帯も近いですが、その前に1000mの壁があります。カーブするレマン湖の延長線上に、いくつか南北に細長い湖がありますが、それと同じように南北に伸びる山を越えて行きます。
 点々と集落がありますが、歴史的には新しそう。地元サイクリストの山岳練習コースです。
 つづら折りを上って行くと、シャンベリーが一望の下に。
 レピンヌ峠(Col de L'Epine)は987m。西側の傾斜も急で、家々が真下に見えます。
 エギュベレット湖(Lac d'Aiguebelette)の湖面が鮮やかに目に入ります。
 絵のような教会を巻いて下り、サン=ジュニ=シュル=ギエ(Saint Genix sur Guiers)で北に折れローヌ川へ。
ドイツから来た若いお母さんは小さな子供と手押し旅行中。
「ツーリストなの?」
「そう、ドイツから来たの。3週間フランスを歩くわ」
「すげ~、ドイツだと普通なの?」
「いや、ちょっと普通じゃないと思う(笑)」
 自転車道が途切れたところでローヌ川を南岸に渡り、ホテルがありそうなモレステルへ向けて走ります。
 小さな街ですが、Office de Tourisme があったので、お勧めの宿へ泊まることに。
「すっごく場所が良くて、シスターがやってるの。あなた、シスターってわかる」と尋ねられたので、十字切ると納得したようでした。
 屋内階段は石造り、相当歴史がありそうですが、部屋は広く Wifi完備。地下牢みたいなシャワーではと思いましたが、新しいバスタブ付き。シスター、英語が全くできませんが、一生懸命説明してくれます。
 部屋は、ジャージを干している窓のところ。
 私も猫脚家具のお部屋に泊まれるご身分になりました。
朝食付き45ユーロ。
 70.70km

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< Saint=Nicolas=la=Chapell - Chambery >
 サン=ニコラ=ラ=シャペルの標高は900m、エアコンなしで丁度良い気候です。今年のヨーロッパは、異常気象で非常に暑いので下りたくないですが、明後日にはリヨン空港に着く必要があります。
 川沿いの D1212が通行止めなので、山間の集落を結ぶ D109 で下っていきます。フランスの国道の体系は知りませんが、経験的に D300台までは昔からの道、D900以上はモータリゼーション以降の設計された道と感じます。
 ユジーヌ(Ugine)からは D1212、自転車道がなくなったところで、標識にしたがって D118。川沿いの自転車道の、えらい狭いところを走れとの標識は無視して進むと、
 路盤が流出していました。パリからきたご夫妻と助けあって脱出。東京、京都へ旅行したことがあり、日本にはとても良い印象を持っているとのことです。
  1992年の冬季オリンピックが行われたアルベールビル(Albertville)は、小じんまりとした美しい街でした。
 アルベールビルからは、川沿いの D1090 を走るか、山間の D201 かを迷いましたが、山間の道を。交通量の少ないいい道ですが、アップダウンがきつかったです。連日の暑さでヒマワリもぐったり。薪、売ってました。
 シャンベリーは旧サボイア公領の首都 。第二次世界大戦で空爆を受けたためか、戦後の安っぽいビルが多く、雑然とした印象を受けました。とは言え、ヨーロッパですが。
 宿は、二つ星。バスタブ付きで税込み72.90ユーロ。
 80.60km AV14.3km/h,5:37:41

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< Argentiere - Saint=Nicolas=la=Chapell >
 朝、もう一度シャモニーを通ります。三日前に泊まったアオスタはこの山塊の向こう側にあり、直線距離で50km。間にはモン・ブラン(4810m)、グランド・ジョラス(4208m)が聳えます。
 アルブ川(L'Arve)沿いの D243 がレ・ズッシュ(Les Houchs)で途切れ、山腹を縫う地方道へ。小さな峠を越えると予期せぬところで、予想外の眺望が。ビューポイントだと思いますが、案内全くありません。
 アルブ川まで下り D13 へ。日曜日なので、大勢走っています。お母さんと幼児がロッククライミング、お父さんはビレイしていました。
 だいぶ下りましたが、パッシー(Passy)で谷が広がると、まだまだ標高があります。
 一旦街まで下り、上り直した D909 から。中央、奥へ(北へ)流れるアルブ川はジュネーブでローヌ川と合流し、最終的には地中海へそそぎます。
 オートサボア県からサボア県に入ったフルメ(Flumet)では、昔の服装での夏祭り。
 この音楽が、耳を離れません。
 

 あまり下ると暑そうなので、標高900mのサン=ニコラ=ラ=シャペルに泊まることにします。ホテルのレストランはクローズしていましたが、ホテルを一人で仕切っていた青年が、パスタなら作れるとのことで作ってもらうことに。泊まり50ユーロ、夕食10ユーロ。期待していませんでしたが、非常に美味かったです。
時間が早いので、ツール・ド・フランスをテレビで生観戦。
 60.31km AV13.2km/h,4:32:16

シャモニー界隈

2015年7月18日土曜日

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< Argentiere - Chamonix - Argentiere >
 アルジャンティエールのホテルの場所は、下の◆。ベランダからは Argentiere氷河、Aiguille Verte峰(4122m)が見えます。ただし、ECOルームなので眺望は屋根越し。
 暑い下界に下りたくないので、ここに連泊することにします。
 通りを挟んだ広場では、地元の楽器を使った演奏会が開かれていました。そばにいたオヤジに、「これはローカル楽器か」と聞くと、「そうだ、これは Savoieの楽器だ。Savoieは、フランスでもイタリアでもスイスでもない」と言ってました。
 朝、激しく降っていた雷雨が止み、シャモニーへ。登山基地と言うより軽井沢と言った感じです。"山や" よりお年寄りが目立ちました。
 "SUPER-U" に反応するのは、「システム∪改めスーパー∪を率いるのは、フランスの英雄ローラン・フィニョン、対するアメリカのグレッグ・レモンは、・・」とのNHKのナレーションが記憶にあるから。
 肉眼での山の見え方は、こんな感じ。
 街を離れ、できるだけ山に近づくことにします。行けたのはモンブラントンネルへの自動車道入り口まで。
 この日は土曜日なので、大勢サイクリストを見かけました。
 27.61km AV11.0km/h,2:30:02

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< Martigny - Argentiere >
 "MONT-BLANC EXPRESS" で、一気にシャモニーへ行く手もありましたが、市街からよく見えるラルピレ山(Mt De L'Arpille)の斜面の道が捨てがたく自走で進むことにします。
 ぶどう畑の中を稲妻型に高度を増していきます。昨日、強風の中下ってきた屈曲部が眼下に見えてきます。ぶどう、酸っぱかったです。
 この日も気温は朝から30度を越え消耗戦となります。この稲妻型のフォルクラ道路は1939年測量の地形図にはなく1963年測量で登場する道路で、古い集落をつなぐ道ではなく、そのため水場がありません。(スイスの地形図はネットで全土時系列に見られます)
 途中、唯一のレストランで、コーラ。これで、スイスフラン無くなりました。ついでに、空になったボトルに、水いただきました。
 峠は国境と思っていましたが、スイス国内で Forclaz峠(1527m)に到達。マルティニーが480m なので1050mの登坂でした。
 Forclaz峠はハイキング基地になっているようで、氷河も望めます。このあたり第二次大戦の要塞地帯だったようです。
 どうにも、地形がつかめませんが、相当下るようです。村まで下り、久しぶりに見つけた水場で既に空になっていた水を補給します。通りかかったトレイルランナーに尋ねると、シャモニーへ行くには峠があるとのこと。上りが終わったわけではなさそうです。
 深い谷を挟んでフィノー(Finhaut)の街が見えます。望遠で"MONT-BLANC EXPRESS"の姿も捉えることができました。なお、フィノー駅とトレティアン(Tretien)駅の間に車道はありません。
 素掘りトンネルの旧道がハイキングコースになっています。国内なら、行っちゃったかも。
 オー・ノワール川(L'Eau Noire)が狭まって鉄道が寄り添ってきます。路盤に杭のように出ている石は謎。 Le Chatelard 駅で、また水補給。
 駅を出るとすぐに国境。もちろんフリーパスですが、スイス、フランスの国境が平坦部にあるのは驚きでした。
 国境から 350m 上り Montets峠(1461m)。
 つづら折りを下り、最初の村がアルジャンティエール(Argentiere)。シャモニーは人が多そうなので、この村に泊まることにします。フランスのホテルはどこも料金表を提示しています。CONFORT(75ユーロ)とECO(シャワー共用,45ユーロ) の部屋を見てECOルームにしました。
 夕食は、ホテル前のスーパーマーケットで買った野菜中心に。
 今日の午前中は、暑さ、水切れ、峠の位置と標高の知識不足で、厳しい走行でした。
 36.51km AV8.9km/h,4:05:33

LABELS


mail: boso.cycle@gmail.com