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KHS F20-R451

KHS F20-R451
2015年、台北で購入。そのまま阿里山、塔塔加へ。

KHS F20-T3

KHS F20-T3
2012年、台北で購入、そのまま中部横貫公路越え。

Bianchi Lupo

Bianchi Lupo
イタリア製と思いきや台湾製。基本パーツはSHIMANO TIAGRA。クロモリです。

KHS F20-T2

KHS F20-T2
2009年、台北で購入、そのまま一周。予想に反して、けっこう走れます。

mayfly 2

mayfly 2

MARIN Pine Mountain

MARIN Pine Mountain
1992年 米国製。SHIMANO DEORE DX は20年間ノートラブル。
 
 
 
 

旧陸軍登戸研究所と生田緑地

2017年6月3日土曜日

標高グラフ付きの大きな地図を見る
 神奈川スリバチ学会主催の 「旧陸軍登戸研究所と生田緑地」 に参加しました。生田駅集合~登戸駅解散なので、登戸駅の駐輪場まで走り、小田急で2駅乗り生田駅へ。
 少し早く着いたので、川崎市多摩区役所生田出張所。ここ生田村時代の村役場があった場所でしょう。日露戦争の記念碑が並んでいました。
 12:20 生田駅南口から出発。この辺の小田急線は狭い谷戸に伸びています。駅を出て階段を上ると五反田神社。五反田は昔の字名です。
 上り下りを繰り返し、明治大学生田キャンパスへ。ここには農学部と理工学部があります。
 登戸研究所資料館は2013年に一度来てます が、今回は山田館長の解説付き。充実していました。
 空からも目立つ施設ですが、何故か空襲は受けず。戦犯に問われた関係者は皆無。米軍に雇用された研究者は多数いるとのこと。
 昭和28年発行の1/25000「溝口」 明治大学が購入したころ。登戸研究所の建屋は、そのまま残っています。南端の細長い建物は元の印刷工場。
 中華民国紙幣の信頼性を揺るがす目的で作成した偽札は、信頼性を揺るがすことなく使えたので、物資の購入に使ったそうです。戦時謀略と言うより経済犯かも。
 終戦間際に移転した長野で、最近になって偶然見つかった棒状の放火用器具など。関係者による証言は、戦後40年経った1985年ごろまで、全く行なわれませんでした。元所員間の交流もなかったようです。
 次いでキャンパス内の案内を行っていただきました。
 通称弾薬庫(実際の用途は不明)。2011年まで残っていた印刷工場跡。日本陸軍の星章(五芒星)付きの消火栓。花壇となった防火水槽。
 動物慰霊碑の背面には「昭和一八年三月 陸軍登戸研究所建立」の文字が刻まれています。
 生田緑地から登戸へ、上り下りや暗渠を経て、反省会はトレインビューのお店で。5種類の小田急ロマンスカーが通ったそうです。
 歩き 7.8km、自転車 11.7km。

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